フロアコーティングの独自色!
机の引出しや戸棚のどれかにカギをつけてやる。
なにも部屋のドアにカギをつけてやる必要はない。
次に第二の「その場の保存」だが、これも、その必要のある時だけ、外からかかるカギをつけてやる。
本人が出掛ける時だけ、あの五衛門錠のようなカギをかける。
けっして中からかかるカギにしないことだ。
Jそして第二の「プライバシー」なのだが、これはたとえ親はわが子だと恩っても、子供には子供の人格があり、プライバシーは尊重されるべきなのだ。
そこで、ドアを開ける時はトントンとノックをする。
これを子供にちゃんと約束し実行することだ。
何よりも、子供の人格を尊重する親の側のモラル、つまり心のカギが大切だ。
ともかく、どんなことがあっても、子供部屋にはカギをつけないこと。
親と子が互いに離れて寂しくなるばかりか、家族全体がギクシャクする原因ともなる。
では子供部屋は必要か?子供がランドセルを背負って小学校に通うようになると、にわかに子供部屋の話題が浮上する。
さらに、中学受験、高校受験と親はおおいに気になるので、つい無理しても勉強部屋を与えてやろうと躍起になる。
子供の誕生、そして小学、中学、高校、大学受験、果ては、就職、結婚と親は振り回されて、子供部屋は独立させない気がついたら、親たちは定年で、老後の暮らしになっている。
住まいは、子育てが終わってしまうと閑散として寂しいものになる。
出産から育児、そして入学や進学とあわただしくしていたのもつかの問、子供たちはアッという間に巣立ってしまうからだ。
特に、子供の成長に合わせて増築を重ねてきた住まいは、なおさら子供たちの不在を感じさせる。
子供にせがまれたり、勉強を期待して彼らのために部屋を作ってやったのだろうが、このために団らんの場までがおいやられてしまう。
何度も言うように、住まいは子育てのためだけにあるのではない。
親たちの長い人生のためにある。
そう考えることによって、子供部屋の与え方も変わって来る。
子供が小さいうちは甘い顔をせず、個室を与えない方がいい。
子供が大きくなって部屋を要求してきたら、子供のために増築するのではなく、自分たち親のために増築や改造するのだと考える。
増改築の際におかしやすい失敗は、離れのような子供部屋を作ってしまうことだ。
庭の離れはもとより、外階段をつけて、二階に個室をつくるのも良くない。
子供を孤立させるばかりか、誰かが来ていたり、勝手に出掛けても、親にはまったくわからなくなる。
こんな不信感が原因で、親子関係が悪化することも多い。
そこで、こんなことにならないように、くどいようだが、住まいは親である自分たちのものだということを改めて自覚することが必要だ。
つまり、子育てのためであっても、子供たちの住まいではないのだ。
増築した日当たりのいい真新しい部屋は子供に与えるのではなく、親たちの部屋として使い、子供たちには、古い今までの書斎や寝室を与えればいい。
家具も一部はそのままにしておく。
親のにおいのする部屋なら子供たちも本能的に落ち着くだろうし、書棚の中の古い書籍に父親の青春時代を想像することもできるだろう。
もともとが父親の部屋なら、親たちも出入りがしやすく、子供が〝ろう城〟することもない。
新しい部屋を子供に与える場合も、取りあえず与えておくだけで、将来は親が使うことをはっきりさせておく。
子供部屋を与える姿勢をやめて、子供に親のスペースを貸すのである。
父親の書斎等として最初から子供部屋などと決めないことが大切だ。
新築やリフォームの平面図にも「親の書斎」「親の寝室」と明記しておく。
ちょっと冷たいようだが、この方が子供たちも独立心が強くなり、勉強にも励みが出る。
子供たちにもそのスペースを大切にしようとする心構えが育ち、カギをつけろなどという発想も生まれない。
そうして子供たちが巣立った老後は予定通りに夫婦の寝室や部屋に戻せばいい。
子供が出ていった寂しさも、幾分かは薄らぐのではないだろうか。
もし、同居を続ける場合も、かえってこうしたさばさばした親の姿勢の方がうまくいく。
ところで、落ち着いて子供が勉強できる部屋などあるのだろうか。
受験生を持つすべての親が知りたいことだろう。
理想を言えば、子供が勉強を主とする部屋(あるいはコーナー)と、休むことを主とする寝室が別々にあるとよい。
狭い住まいで一人の子供に二つのスペースなど、とんでもないと言われそうだが、何も六畳大の部屋を二つ用意する必要はない。
六畳一問を家具か簡単なパネルで二つに仕切って、「ベッドの間」と「机の問」にするだけでよい。
二人の子供であれば、一つの六畳問を寝るだけのスペースとして、もう一つの部屋かリビングの片隅を勉強コーナーとする。
要は休むことと勉強する生活をごちゃまぜにしないことだ。
まして、テレビゲームなど遊びまで入れてしまったら、誘惑だらけで勉強どころではない。
二つに仕切らなくても、机とベッドの配置を工夫するだけでもこの効果は得られる。
机を窓際に置かず、さらにベッドが視界に入らないように配置すればよい。
机の前は画鋲のうてる壁として、いろいろ掲示する。
この際、入り口に近いところが勉強コーナーとなるようにし、家族とのふれあいを大切にする。
さてこれで成績アップとまではいかなくても、勉強に集中しやすくなるはずだ。
二人の兄弟が一問にいて、それぞれ個室が欲しいという場合は、部屋の中央に二段ベッドを置き、上段下段互い違いにパネルで仕切り、立体的な子供部屋を二つつくる。
ベッドは仕切りがわりにスペースを共有するので、互いに机の置き場は広くなる。
狭い都市でも狭苦しく住むのではなく挟楽しく住む工夫を子供たちに教えておくのも、子育ての一つかもしれないのだ。
同居のバランスシート今なぜ同居住宅がブームになっているのか?三世代同居とか二世帯住宅などと、いま、同居住宅が大流行だ。
一口に同居住宅といっても、その形はさまざまだ。
上下にコンクリートの床でしっかり分離させた「二世帯住宅」とか、特別な仕切りもなく、親子べったり同居の「三世代同居住宅」など、その間取りのパターンには限りがない。
最近の都市部での一戸建て新築住宅の半数近くが、この同居住宅というのも、また不思議な現象と言わざるを得ない。
いったい何がどうわが国の住まいを変えているのだろうか。
住まいの歴史を調べてみても、戦後は大家族主義から脱却して猛烈ないきおいで核家族化が進み、まさに西洋並みの勝手気ままな核世帯の傾向にあったはずなのだ。
それがここのところに来て、ちょっと様子が変わってきた。
また昔の大家族主義にならんとしているかのような様子なのだ。
そこで、同居希望の老若双方の声を聞いてみた。
圧倒的に多いのは、親側がたまたま運良く土地を持っていて、そこに建っている古い家を壊して建て替えるケースだ。
これは、高騰している土地問題が原因のようで、どうも同居が目的と認めにくいケースも多く見られる。
親の側は、やはり同居を希望するのは老後不安が原因で、まさしく高齢化社会の大きな波をひしひしと感じている。
もっとも老後の不安から積極的に同居を働きかける親は少なく、むしろ孫に興味を示したり、子供たちの住宅事情に同情したりといった建前が同居希望の理由となっていることが多い。
父親にこっそり本音を聞いてみると、たぶん自分よりも長生きするであろう、つれ合いの行く末を案じ、さらに立て替え資金のローンを息子や娘夫婦に期待するなど、将来の年金不安や医療費、そして生活費などの不安が重くのしかかっていることがよくわかる。
フロアコーティングの説明、フロアコーティングについて知識を高めよう。
フロアコーティングについての構成力がないというのはフロアコーティング文章にメリハリがないという事でしょうか。
フロアコーティングが必要な時間的余裕を有すること、フロアコーティングを速やかに選定できることについて協議しておくことが重要かと思われます。